熊との遭遇
- 2020/10/28
- 越後奥寂庵
先日、夜の20時頃、越後奥寂庵から車で3分ほどの山の中を車で走っていると、暗闇の中、車のライトに照らされた、正面からこちらに向かって歩いてくる黒い物体が見えました。両目だけが輝いていて、「イノシシにしては随分と黒いな」と思って車を停めて眺めると、体長130cmほどのツキノワグマでした。
運転席の脇を通り過ぎて山を登っていく後ろ姿はまさしく熊。車に乗っているので怖くはありませんでした。
この11年で初めて、庭の広い範囲に掘られた跡があります。イノシシだとは思っていますが、地元の人に聞いても「イノシシは田んぼで身体をこすりつけることはあるけれど、こんな場所で身体をこすりつけるなんて観たことない」と首を傾げます。熊の大好物の栗の木の下を掘られているので、もしかしたら熊かもしれません。
翌朝、畑の様子を見に行ったついでに、熊が出たことを町役場に伝えた方がいいかどうかを聞くために、お隣りさん宅を訪ねました。そうしたら、笑いながらこう言われたのです。「集落内に出たら別だけど、それ以外で出会ったなら届けなくてもいいだすけ、俺も熊にはたくさん出会っているから」と。熊と出会うことは日常でよくあることで、当たり前の感じでした。
やはり用心するに越したことはありません。注文した熊撃退スプレーが到着するまでは、農作業をする際には、腰に熊鈴を付け、オノとナタを手元に置き、軽トラの荷台にはすぐにエンジンが掛かる状態にしたチェーンソーを乗せておくようにしました。鼻毛の池に行く途中にも熊がよく出るようなので、細心の注意を払って向かいます。用心すればするほど、自分のなかで野性が目覚めていく感覚があり、それはそれで嬉しいことなのです。
おかしな感覚かも知れませんが、また熊と出会いたい衝動が内側にあるのです。もちろん軽トラに乗っている時にですが。なぜなら、野性の熊の力強さと存在感をもう一度肌で感じたいからです。野性のカモシカと出会う時も自分の野性が発動する感覚があり、その感覚を味わいたいがために、いつでもカモシカに出会いたいと思っているのですが、熊に対しても同じ感覚なのです。写真家の故星野道夫氏が、熊に魅せられた気持ちが、実感を伴って分かるような気がしています。
鼻毛の池から奥寂庵に戻ると、玄関でシマヘビが出迎えてくれました。シマヘビはアオダイショウに比べると神経質で注意が必要ですが、熊に出会ってしまうとシマヘビなんて可愛いものです。明け方には、軒下でキツツキが木材を突く音で目を覚まし、夜になるとタヌキが道路にたくさん出てきます。一人で奥寂庵に滞在していても、いのちをたくさん感じることができるので、全く寂しさはありません。こういう体験を重ねていると、人間だけが特別だという認識が薄れ、自然のなかに溶け入る感覚になります。
今この瞬間も、地続きの森のなかで熊が生きているのです。